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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)923号 判決

控訴人 長浜成夫

被控訴人 被産者小川英一破産管財人 中西九市

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、後記引用の原判決添付の別紙目録記載の不動産につき、所有権移転登記手続をしなければならない。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、提出援用の証拠、その認否等の関係は、控訴代理人において、破産者小川英一の控訴人に対する前渡金返還債務の弁済期が、昭和二九年二月二八日でないとすれば、猶予せられた昭和三〇年二月二二日である。本件不動産の売買予約にあたつて、代金は、売買完結の意思表示と同時に、右前渡金債権を以て相殺決済する旨の約定が成立していたものであると補述し、当審における控訴人本人尋問の結果を援用した外、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

理由

控訴人が、昭和二八年七月四日、訴外小川英一所有にかゝる控訴人主張の土地(本件土地)につき、同月二日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、右小川英一が昭和三〇年五月一八日破産宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に選任せられたことならびに、控訴人が、同年九月九日被控訴人に到達した書面を以て、控訴人に対し、右予約に基く売買を完結する旨意思表示したことは、当事者間に争がない。

しかして、成立に争のない甲第四ないし第八号証、乙第二、三号証、原審証人小川英一の証言及び、原審並当審における控訴人本人の供述を綜合すると、小川英一は、昭和二八年六月、控訴人より莫大小生地売渡の代金前渡名義の下に金四一万円を弁済期六、七〇日先の定めで融通を受けると共に、右借用金債務を担保するために、右債務を履行しないときは、控訴人の意思表示により、本件土地を右債務額と同額の代金で控訴人に売却し、代金と右債務とを差引き決済する旨、控訴人のためにする売買一方の予約を結び、控訴人は、右予約に基いて前記仮登記を経由したが、昭和二九年二月二四日、右貸借債務の弁済期を猶予し、昭和三〇年二月二二日までとすると共に、本件土地につき順位一番の抵当権設定登記を了したところ、小川英一が前記の如く破産宣告を受けたので、控訴人は別除権を行使しないで、被控訴人に対し、予約に基く売買完結の意思表示をしたものであることが認められる。

かように、破産宣告前に破産者所有の土地につき売買一方の予約を結び、その旨の仮登記をなし、破産宣告後、売買完結の意思表示を破産管財人に対してなすことによりこれを取得したような場合には、破産法第五四条第一項の規定にかゝわらず、その取得は、破産管財人にも対抗できることは、いうまでもない。

被控訴人は、右売買予約は、破産法第五九条第一項に基き、昭和三〇年九月一四日被控訴人においてこれを解除したと主張し、右解除の意思表示があつたことは控訴人の認めるところであるが、右売買の一方の予約自体を以て、破産法第五九条にいわゆる双務契約といい難いばかりでなく、解除前すでに控訴人の売買完結の意思表示により、売買が成立していた関係にあることは、前段認定のとおりであるから、控訴人の解除の意思表示は、予約の解除としては、その効力を生ずるに由なきものというべきである。しかしながら、右解除の意思表示は、弁論の全趣旨に徴し売買契約の解除の趣旨を含むものと認められるので、その適否について按ずるに、右破産法第五九条は破産管財人の双務契約解除については、破産宣告当時、破産者、相手方双方の債務が履行を完了していないことを要件として定めているのであるが、本件においては、前段認定のように、破産宣告当時は、売買一方の予約が存するだけであつて、売買自体はまだ成立していなかつたのであるから、売買契約上の債務について履行を完了するというが如きことは考えられない。従つて更改または合意上の相殺を理由に代金債務の履行完了を主張する控訴人の抗弁は採用し難い。しかして右破産法の規定は、破産宣告当時、すでに成立している双務契約は勿論、本件の如く破産宣告当時は、一方の予約のみ存し、その後解除前、完結の意思表示により成立するに至つた本契約についても適用があり、もつともこの場合破産宣告当時は、本契約による債務履行の観念を容れる余地はないが、右規定を適用する上では、債務の履行を完了しないときに該当するものとして、破産管財人において適法にその解除ができるものと解するのが相当である。従つて被控訴人のなした前記解除は有効であり、売買契約は、これにより消滅したものといわなければならない。

そうであれば、被控訴人に対し、本件土地につき、右売買を原因として、仮登記に基く所有権移転の本登記を求める控訴人の本訴請求は失当であつてこれを棄却すべく、右と同趣旨に出でた原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民訴法第三八四条、第九五条及び第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 神戸敬太郎 金田宇佐夫 鈴木敏夫)

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